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1日平均400前後のアクセスになります。ありがとうございます。平成29年度も日々の学校生活の様子を載せていきたいと思いますので,よろしくお願いします。

 
りんごの成長

6月
りんごの実が大きくなってきました。
 
自然・地域とつながる神町小

4年緑の少年団が昇降口に色とりどりのパンジーとビオラの花を飾ってくれました。
 





神町は開拓(かいたく)で生まれた土地(とち)です


神町開拓(じんまちかいたく)の祖(そ)は,1658年の江戸時代(えどじだい)に,
当時(とうじ)の東根を治(おさ)めていた,松平下総守(まつだいらしもうさのかみ)という殿様(とのさま)に,
新町(しんまち=神町の旧称)の開墾(かいこん)を最初(さいしょ)に申(もう)し出(で)たと言(い)われている,
百姓與右衛門(ひゃくしょうよえもん)他(ほか),数名(すうめい)の農民(のうみん)と言われています。




その後,すばらしい果樹地帯(かじゅちたい)になったのは,
板垣董五郎(いたがきとうごろう)翁(おきな),岡田円蔵(おかだえんぞう)翁(おきな)をはじめとした,
先人(せんじん)の努力(どりょく)と知恵(ちえ)のおかげです。
神町小学校の教育目標(きょういくもくひょう)の一つである「たくましく」には,
この開拓魂(かいたくだましい)がうけつがれています。



赤松(あかまつ)の林(まつばやし)を切(き)って
板垣新田(いたがきしんでん)を開(ひら)いた板垣董五郎翁と,中島新田(なかじましんでん)を開いた岡田円蔵翁。





板垣新田地区にある董五郎神社

板垣,岡田両翁の意志(いし)をうけつぎ,
明治時代(めいじじだい)からはじまった開拓(かいたく)は,
大正(たいしょう),昭和時代(しょうわじだい)になっても続(つづ)き
若木(おさなぎ),営団(えいだん)という,新しい広い土地も生まれました。

当時(とうじ)は,今のような大型(おおがた)の機械(きかい)はなく,
簡単(かんたん)な道具(どうぐ)を使った人間(にんげん)の手作業中心(てさぎょうちゅうしん)の開拓でした。



両脇(りょうわき)が赤松林(あかまつばし)の昭和6年(しょうわろくねん)ごろの神町の道路(どうろ)
現在(げんざい)の板垣大通り(いたがきおおどおり)付近(ふきん)。



開拓(かいたく)の安全(あんぜん)を祈願(きがん)して,お祈(いの)りする開拓民(かいたくみん)




切った松(まつ)の木の,枝打(えだう)ちをしています。



松の木の根(ね)をほっています。一番(いちばん)たいへんな仕事(しごと)です。




若木開拓歴史資料館(おさなぎかいたくれきししりょうかん)にある,
当時(とうじ)の開拓に使われていた,くわ,三本ぐわなどの道具類(どうぐるい)。





開拓(かいたく)が進(すす)んで,新しい土地(とち)が広(ひろ)がってきました。
若木山から東側(ひがしがわ)を見(み)た,若木地区(おさなぎちく)の様子(ようす)。



上の写真は,今も残(のこ)っている,昔の貴重(きちょう)だった井戸(いど)の一つです。
昔(むかし)の神町は水の便(べん)が悪(わる)く,
遠(とお)くまで水をもらいにいかなければならない時(とき)もありました。
また,水不足(みずぶそく)になると給水車(きゅうすいしゃ)も出動(しゅつどう)しました。







土はノバクという,火山灰(かざんばい)からできていました。さらさらした水はけのよすぎる土でした。
田んぼを作ろうとしましたが,うまくいきませんでした。

そこで,水はけのよい土地に合(あ)った,りんごやさくらんぼを植(う)えることを考えたのです。

しかし,植えてすぐに,たくさんのりんごやさくらんぼがとれたわけではありません。
より土地に合ったおいしいものを作り出すために,
品種改良(ひんしゅかいりょう)や,栽培技術(さいばいぎじゅつ)の向上(こうじょう)など,
農家(のうか)の人たちや,研究者(けんきゅうしゃ)たちの,たくさんの努力(どりょく)があったのです。



いちばんたくさん作られている,さくらんぼの主力品種(しゅりょくひんしゅ)佐藤錦(さとうにしき)



りんごの花が開(ひら)き,さながら白いじゅうたんのようになる5月上旬(ごがつじょうじゅん)




満開(まんかい)のサンふじりんごの花



たわわに実(みの)ったふじりんご



若木山のふもと,若木公園(おさなぎこうえん)にある利宇古宇の碑(ひ)
利宇古宇とは,古語(こご)でりんごのこと。




若木山から,広大(こうだい)な果樹園(かじゅえん)を見ると,
改(あらた)めてそのすばらしさに感動(かんどう)し,
先人(せんじん)の開拓魂(かいたくだましい)に頭(あたま)が下がります。


この神町のMini歴史を紹介するにあたり,
以下の文献と施設の資料を参考にさせていただきました。ありがとうございました。


『若木原の草わけて』 斎藤吉弘・佐直達弘 共著
『営団開拓五十年史』 営団開拓五十年史編集委員会
『神町小学校創立百周年記念誌』
『若木開拓歴史資料館』