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1日平均400前後のアクセスになります。ありがとうございます。平成29年度も日々の学校生活の様子を載せていきたいと思いますので,よろしくお願いします。

 
りんごの成長

6月
りんごの実が大きくなってきました。
 
自然・地域とつながる神町小

4年緑の少年団が昇降口に色とりどりのパンジーとビオラの花を飾ってくれました。
 





明治時代
2年
板垣董五郎(いたがきとうごろう)が,板垣新田(いたがきしんでん)を拓(ひら)く。

8年
板垣董五郎が,県(けん)から,りんごの苗木(なえぎ)を数本(すうほん)譲(ゆず)り受(う)け,試(ため)しに植(う)えて
みるが失敗(しっぱい)に終わる(お)わる。その時(とき)に植(う)えた苗木は,倭錦(やまとにしき)という品種(ひんしゅ)
であった。

25年
武田半十郎(たけだはんじゅうろう),中島三郎(なかじまさぶろう)等(ら)が,りんごの苗木をおよそ百本(ひゃっぽん)
裁植(さいしょく=じっさいに植えて育てること)に成功(せいこう)する。その時(とき)に植(う)えた苗木は,倭錦(やまと
にしき)と紅玉(こうぎょく,通称べにだま)という品種であった。

40年
楯岡(たておか=村山市楯岡),溝辺(みぞのべ=河北町溝辺),大郷(おおさと=山形市大郷)からの入植者(にゅうしょく
しゃ=開拓をするために移り住んだ人のこと)により,りんごの栽培(さいばい)が盛(さか)んになる。

大正時代

9年
りんごの集団栽培(しゅうだんさいばい)がはじまる。

昭和時代

9年
冷害(れいがい)のため,りんご以外(いがい)の作物(さくもつ)の収穫(しゅうかく)が皆無(かいむ)になる。

12年
若木(おさなぎ)地区(ちく)が開拓(かいたく)された。

17年
営団(えいだん)地区(ちく)が開拓(かいたく)された。

30年
りんごが,本格的(ほんかくてき)に栽培(さいばい)されるようになる。

33年
一度(いちど)に,たくさんのりんごを消毒(しょうどく)するための機械(きかい),スピードスプレヤーが導入(どうにゅう)
される。

40年代
高接更新技術(たかつぎこうしんぎじゅつ=もとあるえだに,あたらしいひんしゅのりんごのえだをつぎ木するぎじゅつ)が
確立普及(かくりつふきゅう)し,国光(こっこう)にかわり,スターキングやふじをはじめとした,新しい品種(ひんしゅ)がたく
さん作られるようになる。

46年
りんごの矮化栽培(わいかさいばい=木を大きくしないで,小さいままそだてること)が,試(ため)しに導入(どうにゅう)さ
れる。

50年
神町小学校に,りんごの木が植(う)えられる。

62年
無袋栽培(むたいさいばい=りんごの実に日やけ防止のふくろをかけない育て方)がはじまる。

平成時代

みつ入りりんご,ふじの品種改良種(ひんしゅかいりょうしゅ) 紅将軍(べにしょうぐん) が登場する。


年次別10aあたりのリンゴの収穫量kg/10a
大正 4年452
大正10年300
昭和 元年339
昭和10年403
昭和35年1415
昭和58年2084